ベーシック・チャンネルの連鎖反応
ここからはプレイリスト20〜25あたりの話
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〈BC〉のフォロワーの第一波は、まずはその内部からスタートする。〈BC〉を閉鎖し、リズム&サウンドをスタートさせる直前の1995年、〈BC〉傘下に〈Chain Reaction〉(以下〈CR〉)が設立される。〈Hard Wax〉の店員や〈Dubplate & Mastering〉でカッティング・エンジニアをしていたモノレイク(Monolake)ことロバート・ヘンケや同じくカッティングをやっていたアンディ・メルヴィヒ、そしてトーマス・ケーナーによるポーター・リックス(Poter Ricks)の作品など、連鎖反応というレーベル名そのまま、直接の〈BC〉ファミリーによるダブ・テクノ作品が続いていく。さらに連鎖は続き、1990年代後半になるとおそらくデモ・テープなどを介して作品がリリースされていく。その後のエレクトロニカ・シーンやクリック・ハウス・シーンで頭角を現す、ウラディスラヴ・デレイ(Vladislav Delay)、または現在でもダブ・テクノで活躍するフラクション(Fluxion)といったプロジェクトが〈CR〉でリリースしていく。
併走していたリズム&サウンドや、またはあまりにも早すぎた〈BC〉音源の絶え間ない再評価、フォロワーの誕生で関連レーベルとして注目も集めた(むしろBCのリリース当時からその重要性を理解していた人は、後世の影響力を考えると驚くほど少なかったのではないだろうか)。そして結果的に〈CR〉のレーベルとしての最終リリースとなった2001年のカタログ・ナンバー、34番でデビューを飾ったのが跡部新一だ。〈BC〉やMシリーズなどを研究し、〈Hard Wax〉に送ったデモが採用されたのだという。デビュー・シングル「Ship-Scope」は清涼感あるハウス・フィーリングと、繊細のエコー・ワークが美しい作品で、現在の彼の作品へと続く片鱗を見せている。しかし跡部は残念なことに、その後、ほぼリリースが途絶え、「〈CR〉からリリースした謎の日本人アーティスト」となってしまうが、2014年にマンチェスターのユニット、ダムダイク・ステアが見つけ出し、彼らの呼びかけで2014年に彼らのレーベル〈DDS〉からリリースを再開する。その後はその沈黙を取り戻すかのように〈DDS〉から2年ほどのスパンでアルバム・サイズの作品をリリースし続けている(前述のデビュー・シングルも同レーベルから再発)。ちなみにもうひとり当時の〈CR〉からはツリ・テツオなる人物がマトリックス名義でリリースしているがやはり彼もレーベルの活動休止とともにシーンから消えてしまっている。
エレクトロニカの台頭とダブ・テクノ
ここからはプレイリスト25〜31あたりの話
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例えば、モノレイクは自身のレーベル〈Imbalance Computer Music〉で、ウラディスラヴ・デレイやポーター・リックスは、当時盛り上がりつつあったエレクトロニカ~グリッジ・ハウスの牙城となる〈Mille Plateaux〉などで、ダブ・テクノ / アンビエントやその後のグリッジ・エレクトロニカに大きな影響を及ぼす作品を作り出していく。2000年前後、PCの高速化と大容量化などが可能にしたソフトウェア・シンセやDSP処理の進化、もしくはMax/MSPなどの普及など、デジタル・オーディオ技術の発展で、まるで顕微鏡で作業をするような電子音による微細な音の表現も可能となった。スタジオ・エンジニアリングによってスタートしたダブがこれに影響を受けないわけがない。ちなみにモノレイクなどはまさにこうしたソフトウェアの開発者でもある(現在のAbelton Liveの開発者のひとりだ)。もうひとり〈Dubplate & Mastering〉出身のエンジニアがアーティストとして、新たなダブ・テクノの潮流を作り出す。アナログ・ヴィンテージ機材による音像、レコード・プレスの状況などBCの初期音源に特徴的なクラックル・ノイズやホワイト・ノイズをそうしたソフトウェアの処理であえて生み出し、特異なサウンドを生み出したポール(Pole)ことステファン・ベトケだ。
また彼はレーベル〈~scape〉を1999年から主宰し、まさにエレクトロニカ、クリッジ・サウンドの分野にダブを持ち込んでいった。西海岸のソフトウェア・エンジニア、キット・クレイトン(Kit Clayton)による複雑なテクスチャーのグリッジ・ダブ・テクノから生ダブ・バンド+デジタル音響処理によるバーント・フリードマン&ザ・ニュー・ダブ・プレイヤーズ(Burnt Friedman & The Nu Dub Players)、またはジャズのレコードから抜き出した微細なサンプル・ループをダブの音響配置で巧みに聴かせたヤン・イェリネックなどをリリースし、時代を象徴するレーベルとなる。そして2002年、今回来日するデッドビートも同レーベルからアルバム『Wild Life Documentaries』をリリースしている。繊細な音響処理と対比する大胆なビート捌き、ルーツ・ダブのグルーヴとともにワイルドに鳴り響く作品を送りだし、レーベルのなかでも頭角を現していく(計4枚のアルバムをリリース)。2007年リリースの『Journeyman's Annual』などはダンスホール・レゲエのビート感とダブ・テクノを組み合わせた逸品で、昨今のテクノ方面でのダンスホール・リディムの評価を先取りしているかのようですらある(現在も自身のレーベル〈BLKRTZ〉を中心に作品をコンスタントにリリース)。
2000年代末のダブ・テクノ再興
ここからはプレイリスト33〜53あたりの話
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現在においてダブ・テクノは、もはやある種のフォーマットとして無数のフォロアーがいるが、最後に現在につながる2010年前後の、中興の祖とも言える3つのレーベルを紹介しておこう。まずはデトロイトのロッド・モーデル(Rod Modell)率いる〈DeepChord / echospace [detroit]〉。グリッジ・サウンドの揺り戻しか、初期BCのサウンドを踏襲し、完全にヴィンテージのアナログ機材のみを使い、自身のディープコードやcv313、ソウルテックとのエコースペース名義などでダブ・テクノやダブ・アンビエント作品を送り出した(そうした機材でのライヴの名手でもある)。そして彼らの作品をライセンス(2007年のDeepChord presents Echospace『The Coldest Season』)し、さらに世に広めたのはマンチェスターのレーベル〈Modern Love〉だ。レコード・ショップ〈Boomkat〉を母体とするレーベルだが前述の跡部新一を見つけ出した、ダムダイク・ステアのホームであり、〈DDS〉の親レーベルでもある。ロッド・モーデル周辺のサウンドは、初期のBCのローファイな質感をダブ・テクノに呼び戻し、それは2010年代のローファイ・ハウス(この先にロイディス / フエアコ・Sの存在を見ることは決して難しくない)や、〈Modern Love〉などが牽引したインダストリアルな質感の作品とも結び付く感覚がある(2010年代初頭のアンディ・ストットもここに連なる)。また、こうした動きは2000年代末のBCの作品の再評価も促した。その証拠に2008年に過去の作品のリプレスや2枚目のコンピ『BCD-2』が突如としてリリースされている。ちなみにだがミニマル・ダブという言葉が使われはじめたのはこの頃ではなかっただろうか。
またロッド・モーデルもリリースする、デンマークのレーベル〈Echocord〉も紹介しておこう。2002年に設立、看板アーティスト、ミッケル・メタルを筆頭にデトロイトのルーク・ヘスや、シカゴのブレンダン・モーラー、つい最近もデッドビートの作品をリリースするなど、現在にいたるまでダブ・テクノの牙城として安定したリリースを続けている。






































































































































































































































