好芻はこれまで通り、お互いにできることを自由にやっていきたい
──"カカオ"からの3曲は、さっきおっしゃったように雰囲気がガラッと変わりますね。
山本:この曲は、イッキュウさんからなにかしらリファレンスをもらい、トミー・ゲレロの「In My Head」のようなちょっとルーズなギターが弾きたくなって作った記憶がありますね。相当昔に作って2年くらい放ったらかしにしていたんですよ。
中嶋:去年3月のライヴで披露していたはずです。
──コード進行は、7thの使い方などマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのサード・アルバム『m b v』にも通じるところがあって。
山本:ああ、確かにそうですね。
中嶋:かっこいいですよね。このルーズな感じ、溶け出していくような感じが色っぽいなと。そこからチョコレートを連想して歌詞を書きました。チョコレート大好きなので、簡単に書けました。
──〈最後には笑っていれたらいいって 大半の時間を努力に費やして 報われるかわかんないや〉という歌詞が切ないですよね。
中嶋:私はちょっと強がっている感じの女の子が好きで、もしそういう子がいま、自己犠牲的に頑張っているなら、最後くらいは報われてほしいという思いを表現しました。
──この曲のミュージック・ビデオは、幻想的で個人的にとても好きな世界観です。
山本:あれは体を張りましたね。プールのなかにギターごと入ったし。
中嶋:笹塚にある屋内プールの休館日にお借りして。撮影も1日かかりましたよね? 最初は曲名にちなんで「チョコレートまみれになりたい」みたいな話をしていて(笑)、そこから「水に浸かる」というアイデアに発展していったのだと思います。
──ちなみに"カカオ" "Delivery" "未体験"は山本さんが自らミックスを手がけているんですよね?
山本:これまでいろんなエンジニアさんにお願いして、もちろん素晴らしい方々とずっと仕事をさせてもらってきたのですが、究極の結論として「自分でやった方が早いな」と(笑)。自分の頭のなかでイメージしている音を、一度言葉にしてそれをエンジニアさんに伝え、エンジニアさんの解釈で出来上がったものをチェックして……みたいなプロセスって、やればやるほどもどかしいんですよ。「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」と思い、家にある機材を一新しました。
──"Delivery"はどのようにして作ったのですか?
中嶋:さっき幹宗さんが言ったように、この曲は『Gakkari.』を作っていた時にはあったので、ちょっと前のモードを引っ張ってきた感はあります。
山本:これ、ちょっと不思議じゃないですか? なにかリファレンスがあって作ったのではなく、ぼんやりとしたイメージから形にしていったので調性もすごく曖昧だし。子供が想像する架空の動物みたいというか、我ながらこんな変な曲、他にないなと。聴く人が聴いたらめちゃくちゃアウトな曲かもしれない(笑)。
中嶋:確かに、最初に聞いた時はなんだか変な夢を見ているような、幻想的かつ抽象的な曲だと思いました。なので歌詞も、「時空を超えてデリバリーする」みたいな、ちょっと妄想が入った世界観の方がいいかなと。
──確かに、〈浮世離れした君の瞳を びいどろにして後世に残したかった〉や、〈職業婦人モダンガールの血を引いて 慌ただしい日々を私も生きている〉など時代設定も曖昧で不思議な曲ですよね。〈うかれめ〉みたいな、古い言い回しも散りばめられているし。
中嶋:そうですね。曲名の"Delivery"や、歌詞に出てくる〈ダウンロード〉など、いまっぽい言葉が最初に浮かび、そこに違和感を足そうと思って昔の言葉をどんどん入れてみました。
山本:ちょうどこの曲を作っていた頃って、コロナ禍で家からあまり出られなかったんですよ。それで出前ばっかり頼んでたから、こういう曲ができたのかなと思っていました(笑)。
中嶋:確かに、それはあるかもしれないですね。
山本:ちなみにこの曲、僕がスラップベースを弾いています。森夏彦に「スラップ・ベースってどうやって弾くの? 」と相談したら、「YouTube見てください」と言われて(笑)。ミディアムスケールのアクティヴ・ベースを中古で購入し、て、家でずっとベースを抱えてペチペチ弾いて練習していました。
──"未体験"は、今作のなかでも特に好きです。
中嶋:この曲も結構前に作りましたよね?
山本:ちょうどこの曲を作っていた頃は、サンプリング素材を色々並べて曲を作っていた頃で。アンドリュー・ウェザオール的な雰囲気というか、あの時代特有の「雑なループ感」をあえて目指しました。ちなみに後半のブラスセクションは、4パターンくらいのサンプリング素材を切り貼りしながら作っています。ちょっとコードが合わなかった部分だけ、ピッチ修正をかけてフレーズを構築ましたね。
──プライマル・スクリームのアルバムをプロデュースしたり、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「Soon」をリミックスしていた頃のアンディ・ウェザーウォールを彷彿とさせます。
山本:まさにあのあたりのサウンドを意識しながら作っていきました。アコギを入れたのも、当時の「あの雰囲気」を出したかったからです。自宅でマイクを立てて録音しましたね。イントロのフィードバックっぽいサウンドは、シンセのフレーズにサンプリング音を混ぜ、ピッチベンドで変調させて作っています。
中嶋:この曲も"Delivery"のような、幻想的で浮遊感のあるトラックだったので、夕暮れ時のちょっとあたりが暗くなってくる時間帯の切なさや、エモーショナルな感じをメロディや言葉にしてみました。
──"未体験"というタイトルは、どうやって思いついたのですか?
中嶋:例えばいま、なにかしらの不安があったとしても、これから起こること全ては「未体験」であるからこそ、そこにはワクワクするようなことがあるかもしれない。希望的な意味を持たせたくてこのタイトルにしました。
──本作は、奇しくも前半と後半の曲調が違うことで、アナログのA面とB面みたいにも感じますよね。
中嶋:確かに。二面性のある作品になったかなと。
山本:さらに、このEPをバタバタと作りつつ、実はこの次にリリース予定の楽曲もレコーディングしていて。
中嶋:それはそれで、またモードが全然違うので楽しみにしていてほしいです。
山本:よく「作品としての統一感」とか、作り手でも聴き手でも求める人もいるとは思うんですけど、僕はその辺どうでもいいと思っていて。まあ、歌っている人が一緒なので、そこで統一感は出ているのではないかと。

──とはいえ、中嶋さんのソロ作『DEAD』とは全然違いますよね。まあ、『DEAD』はおふたりだけで作っているわけではないにせよ。
山本:そうですね。ちなみに『Mitaiken』のレコーディング後半は、『DEAD』の制作とおもいっきりかぶっていました。
中嶋:ソロの方は、去年の9月くらいからプロジェクトを立ち上げていたんですけど、本格的にはじまったのが今年2月。あわてて幹宗さんに、「5月にリリースしたいので助けてください」とLINEしました。鬼のように手伝ってもらって、こちらもようやく出せそうです。(5/29リリース)
山本:『DEAD』の作詞作曲はもちろんイッキュウさんで、アレンジも彼女の頭のなかにあるイメージを吸い上げながら、それをどう形にしていくか? という部分を手伝わせてもらっています。
中嶋:色々とわがままを言わせていただきながら(笑)。
山本:好芻は、お互いのやっていることに対して全くのノータッチで進めていくんですよ。"大遅刻"や"衝動買い"に至っては、ミュージック・ビデオ撮影の段階になってはじめて顔を合わせるくらいで。一方ソロは、ゆうこ(あらきゆうこ)や佐藤征史くん、ガッキーさん(新垣隆)とスタジオに入って一緒に作り上げていくから、また全然プロセスが違うんですよね。
中嶋:私は音楽の知識もないし理論も疎いので、スタジオでも「もっと地獄っぽい感じで!」「もっと絶望っぽく」みたいな頼み方しかできないんですけど(笑)、幹宗さんはじめ、レコーディングメンバーの皆さんが時間をかけて(音を)探してくれたので、本当に心強かったです。
山本:中嶋先生に鍛えられましたね。
中嶋:あははは。

──この先、好芻ではどんなことをやりたいですか?
中嶋:好芻はこれまで通り、お互いにできることを自由にやっていきたいですね。「こうあるべき」みたいな決めつけがないところが良さだと思いますし。逆にソロの方は、またわがままを言わせていただきたいなと思っています(笑)。もっとダメ出ししていこうかなと。「違う、こんなんじゃない! 」って。
山本:(笑)。昔から僕は、「大きなもの」を作るのが苦手なんですよ。アルバムでいうと10曲入りのコンセプト・アルバムとか、あんまり得意じゃなくて……。例えば60年代とか、編集盤しか残っていなかったり『Nuggets』に1曲だけ入っていたりするような、カルトなガレージバンドがいたじゃないですか。好芻もそんなふうに60年後、「こんなバンドがいたんだ」みたいに発掘されるような存在になりたいですね(笑)。
編集:梶野有希
時代や場所を超越する、好芻のミニ・アルバム
好芻の他作品はこちら
PROFILE:好芻
tricotやジェニーハイなどのヴォーカル中嶋イッキュウと、ex.The Cigavettesやsunsiteで作詞・作曲、ギターを務める山本幹宗の二人からなる音楽プロジェクト。
中嶋イッキュウ
■YouTube:https://www.youtube.com/watch?v=czNWVeni8FU
■X:https://twitter.com/oyasumi_ikkyu
山本幹宗
■X:https://twitter.com/the_cigavettes