2021/10/29 17:00

マッスル・ショールズからニューヨーク、A&Rスタジオへ

高橋 : 今回もプレイリストを作ったんですけど、プレイリストの1曲目は冒頭のタイトル曲。コレ録音はニューヨークなんですよ。ニューヨーク録音だけども『There Goes Rhymin' Simon』で一緒にやったマッスル・ショールズの連中をニューヨークに呼んだ。で、今回はニューヨーク録音を基本にしたので、プレイリストの4曲目に最初のソロ・アルバム『Paul Simon』から”Run That Body Down”、5曲目にセカンドの『There Goes Rhymin' Simon』から"Tenderness"っていう曲を選んだんです。この2曲は、最初のアルバムとセカンド・アルバムの中で数少ないニューヨーク録音。

山本 : そっかそっか。

今回、進行用にふたりが用意したプレイリスト

高橋 : こういうニューヨーク録音の洗練されたスタイルの曲も、ファースト・アルバムにもセカンド・アルバムにも入っていたんだけれども、それはわりと目立たない感じだった。で、ようやく本拠地のニューヨークに戻ってきて、フィル・ラモーンっていうプロデューサーと作ったのが3枚目『Still Crazy~』なんですよね。

山本 : なるほど。タイトル曲の”Still Crazy After All These Years”ですけれど、非常に都会的な曲調というか、歌の内容も、”昔の恋人に街角で出会った。まだ彼女のことが忘れられない”という、男の情けない感じを歌っていて、ウディ・アレンの映画の一コマみたいな歌詞ですね。これをマッスル・ショールズの田舎者(笑)のお兄ちゃんたちと都会的にやっているというのがおもしろい。

高橋 : そうそう。『ポール・サイモン~音楽と人生を語る』という評伝が、少し前に日本でも訳出されているんですが、そこでこの頃のことが書いてあって、ポール・サイモンはサイモン&ガーファンクルで大成功し、さらにソロになってからもヒット曲を出したわけですが、各地でレコーディングして、ニューヨークに戻ってきて、順風満帆の成功を収めているんだけども、なんか自分の人生は「still crazy」だという、そういう感覚が襲ってきたみたいな時期があったようです。モノを創る人ってある程度成功しても、「もう次はわからない」「次は創れるのか」みたいな不安がやってくる。そういう創造性との戦いみたいなこともあったんでしょうね。で、もともと” Still Crazy After All These Years”は、映画のサウンドトラック用に作ったインストの曲だったらしいんですよ。

山本 : あ、そうだったんですね。たしかにある映画作品の曲として依頼されて..….というエピソードを何かで読んだ覚えがあります。

高橋 : でも、映画には使われなかったようですね。それに歌詞をつけてこの曲ができあがるわけですが。なんというかすごく変な曲なんですよ、途中の転調が。「え? なんでそこに転調するの!?」みたいな。イントロの中で転調して、歌が入るところでまた転調して。

山本 : 間奏でストリングスが入ってきますよね。あそこがまた聴き手に不安感を抱かせるおもしろいアレンジで、そのあとにマイケル・ブレッカーのすばらしいソロが入ってくる。

高橋 : あまりに変な曲なんで、昔、研究したことがあるんです。キーはGなんだけど、サビで突然Eに転調して、F#に転調して、Dに転調して、Aに転調してブレッカーがソロ吹いて、またGに戻るみたいな。それも理論的には思えない、無理矢理みたいな、「どこにいくの一体?」みたいな感じなんですけど、それを田舎者のマッスル・ショールズの連中を呼んでやっている。スタジオに入ったときにはサビの展開が決まってなかったらしく、キーボード奏者のバリー・ベケットとポールが延々「どこにいったらいい?」というやりとりをして。バリー・ベケットもそんな音楽やったことないわけで。マッスル・ショールズでアーシーなR&Bをやっていた人だから、彼自身が悪夢のようなセッションだったと回想している(笑)。

山本 : (笑)。不安を搔き立てるストリングスからマイケル・ブレッカーのソロになって、どんよりした雲の隙間から光明が差すみたいなイメージが得られる。はじめて聴いたときはびっくりしましたね。こんな曲、聴いたことなかったから。

高橋 : 前作からの流れでマッスル・ショールズの連中をニューヨークに呼んだんだけど、こういう音楽は彼らには難しすぎるってことで、その後はフィル・ラモーンに頼んでニューヨークのジャズ系セッション・ミュージシャンが集められた。それでスティーヴ・ガッドやトニー・レヴィン等のこの作品を支えるミュージシャンが集められた。

山本 : 冒頭の2曲を除けばそのふたりが基本のリズム・セクションですよね。

高橋 : 「My Little Town」(『Still Crazy~』の2曲目に収録)はマッスル・ショールズのメンバーなんだけれど、レコーディングは一番最後だったようです。最後に1曲、コロンビアがアート・ガーファンクルとのセッションを入れたかったようで。売りとして「サイモン&ガーファンクル再結成」みたいなね。彼らは当時は仲違いしてたんだけども、この曲はアートが気に入って、最後にふたりで録音した。

フィル・ラモーンの「静けさ」

山本 : プレイリストの2曲目は「恋人と別れる50の方法(50Ways To Leave Your Lover)」で。この曲のスティーヴ・ガッドのドラムロールが当時とても話題になりました。これは元々ドラムラインでやる基本的な練習パターンで、リハーサル時にそれを聴いたポール・サイモンが「これをそのまま使おう」と言ったみたいですね。

高橋 : そうそう。このドラム・サウンド、さすがフィル・ラモーンの録音ですよね。どっしりしたボトムがありながら、洗練された空気感に包まれていて。フィル・ラモーンという人はオーディオ・ヒストリー的にも、すごく重要な人です。1950年代からニューヨークのレコーディング・シーンでクインシー・ジョーンズとかバート・バカラックとかね、そういうジャズとポップスの間を手掛けていて。プレイリストに入れた『Big Band Bossa Nova』(1962年)はクインシーの出世作です。

山本 : プレイリストに沿っていうと、クインシーの『Big Band Bossa Nova』で「黒いオルフェ」、それからゲッツ/ジルベルトで「デサフィナード」(『Getz/Gilberto』は1963年リリース)。



高橋 : これらはフィル・ラモーンのA&Rレコーディング・スタジオがまだニューヨークの48丁目にあった頃。でね、彼のサウンドのこだわりは、何よりも「静けさ」だと思うんです。それが早い段階でわかるのは『ゲッツ/ジルベルト』のアルバムで。ジョアン・ジルベルトの囁くような歌とギターを、当時のアナログ機材で録ってるんだけど、そうするとSN比が問題になるわけですよ。テープのヒスノイズとか。で、アナログ録音の場合はなるべくテープに大きい音で入れたほうが、相対的にテープのヒスノイズは抑えられるから、レコーディング・エンジニアは割と音を突っ込む方向にいく。

山本 : ノイズレベルに対してシグナルレベルを上げると。

高橋 : そうそう。ところがアナログテープって突っ込むと歪むんです。その歪みが好きで使うタイプのトム・ダウドみたいなエンジニアもいるけれど、フィル・ラモーンはそういうタイプじゃなくて、歪んで音が太くなって繊細さが失われるから、なるべく突っ込みたくないタイプなんですよ。レベルを突っ込みたくない、でもSN比は高く保ちたいっていう、アナログだからこそのエンジニアのアンビバレンスがわかるのがゲッツ/ジルベルトで、これは稀代の名録音です。

山本 : 今回健太郎さんのプレイリストに入ったものを改めてじっくり聴いてみたんですが、60年代半ばのアナログ録音黄金期ならではというか、とにかく音がいいですね。静けさがうまく伝わってきて、ステレオフォニックな音の広がりやエアー感が見事に捉えられている。クインシーの「黒いオルフェ」は編成がビッグバンドですから、それなりに音圧で迫ってくるわけですが、ローレベルの表現が繊細なので、最新録音に通じるダイナミクスを感じます。

高橋 : SN比の改善のために、ドルビーのノイズリダクション(以下、NR)が1960年代後半に出てくるんですが、それをいち早く使ったのもフィル・ラモーンです。当時のドルビーの広告にも彼が出ています。ドルビーのNRをいち早く取り入れて、静けさを追求したエンジニアということですね。

山本 : でも『Big Band Bossa Nova』とか『Getz/Gilberto』の時は、まだドルビーのNRを使っていない?

高橋 : まだ使ってないです。だから、すごく微妙な采配で、この静けさを作り出しているわけ。

山本 : なるほど。フィル・ラモーンはすごく若い頃にA&Rスタジオを作ってるんですよね。

高橋 : そうですね。それで1960年代の終わりには52丁目のCBSのスタジオを買い受ける。CBSが新しいスタジオを作って移転するので、古いスタジオをフィル・ラモーンに売ったわけです。その古いスタジオというのが、サイモン&ガーファンクルが初期の録音で使っていたスタジオ。つまり、『Still Crazy~』でポール・サイモンは古巣に戻ってきたわけです。A&Rスタジオと名前は変わっているけれど、サイモン&ガーファンクルの初期録音と同じスタジオなんですよ。プレイリストに入れた「April Come She Will」(『Sounds Of Silence』収録)もCBSの52丁目のスタジオ録音です。このスタジオはすごく部屋の響きが良くて、一階からの階段室をエコールームとして使っていて、それもすごく良かった。フィル・ラモーンとやるのはこれが最初でしたが、サイモンはその頃ジャズ方面のミュージシャンには知り合いがいなかったみたいで、それでフィル・ラモーンを頼って、集めてもらったみたいですね。


フィル・ラモーン・ワークを支えたミュージシャンたち

山本 : フィル・ラモーンがこのスタジオで録ったもので、印象深いのはボブ・ディランの『BLOOD ON THE TRACKS』(1975年)。非常にナチュラルなルームサウンドで、ディランの作品の中でも出色の音の良いアルバムだと思います。あと、今回ハイレゾで聴いて素晴らしいなと思ったのがリビー・タイタスですね。特に健太郎さんがプレイリストに入れた“The Night You Took Me To Barbados In My Dreams”はとくに好きな曲です。ハース・マルティネスとリビーの共作曲なんですね。で、ガース・ハドソンがキーボードで入ってるんですけど、今の耳で聴いても超ハイファイで。立体感の表現や彼女のヴォーカルの生々しさとか改めてすごいと思いました。

高橋 : この曲はまさしくフィル・ラモーンが作った当時のニューヨーク・サウンドですね。ジャズの要素が入ったシンガー・ソングライターの名作というか。

山本 : これは是非ハイレゾで聴いて欲しいと思います。


高橋 : もうひとり今回取り上げている女性シンガー・ソング・ライターで、フィービ・スノウがいますが、アコースティックなんですけど、手が切れるような鮮烈なサウンド。歌い方も独特だし、不思議なビブラートがかかっていて。

山本 : 彼女の音楽にはワン&オンリーの魅力がありますよね。彼女自身がアコースティックギターで時折奇妙なギターソロを入れたりして。プレイリストに入ってるのは「Poetry Man」。これは当時シングルカットされた曲で、当時よくラジオでかかっていました

高橋 : これはOTOTOYにDSD版があるんです。

山本 : うん、これDSDで聴きましたが、DSD特有の滑らかさというか、非常にナチュラルな質感で。これは是非DSD版をみなさんに聴いてほしいと思います。


高橋 : フィービー・スノウのセカンド(1976年の『Second Childhood』)もフィル・ラモーンとA&Rで録っていて。そっちの方がよりリチャード・ティーとかジャズ系のミュージシャンが入ってきて。そういう意味ではセカンドは『StillC razy~』により近いサウンドですね。リチャード・ティーは『Still Crazy~』でも重要な働きをしています。

山本 : プレイリストの“Gone at Last”(『Still Crazy~』収録)は、リチャード・ティーのピアノとゴーン・エドワースのベース。この演奏、ふたりのリズムは超強力ですね。

高橋 : その辺のメンバーが集まっているスタッフ(Stuff)の音源(1976年『Stuff』)もプレイリストに入れてみました。彼らは1977年に来日公演があって、それから日本のスタジオ・ミュージシャンの間でフュージョン・ブームが始まったみたいなところがあります。


山本 : そうそう、70年代後半、日本でもミュージシャン志向の人はみんなスタッフを聴いていました。『Still Crazy~』からのもう1曲は”Have a Good Time“。これもまさにニューヨークという感じの。アウトロでフィル・ウッズが超高速でアルトのソロを吹いていて、これも普通のポップ・アルバムでは聴けない演奏ですよね。

高橋 : ボブ・ジェームスとかフィル・ウッズが入ってくるところが、まさにフィル・ラモーンの仕事という感じがします。フィル・ウッズがソロを吹いているビリー・ジョエルの“Just The Way You Are”もフィル・ラモーンが手がけています。ビリー・ジョエルは『Stranger』(1977年)から“Get It Right the First Times”をプレイリストに入れました。ラテン・ジャズ的なニュアンスのある面白い曲です。

山本 : 先ほど70年代後半のニューヨーク・サウンドを象徴するバンドの一つとしてスタッフの話が出ましたが、1976年のスタッフのファースト・アルバムの発売と同じ年にジョー・コッカーが『Stingray』(1976年)というアルバムを出していて。これがまさにクリストファー・パーカー除いたスタッフのメンバーが全員参加している作品で、僕はスタッフと言うと、まずこのアルバムを思い出しますね。


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