ヒーローから受け継いだものを手渡していく
一一つまりこれ、ものすごく高度な、難しいバランスの上で成り立つ音楽ですよね。お二人にとって創作の楽しさって、どんなものでしょう?
中野:僕、自分で自分の音楽を作り始めてかれこれ40年なんですね。中学生でバンドを始めて曲を作り始めたので。で、今回このアルバムを作るにあたって、やっぱり新しい音楽が生まれるっていう、子供時代と変わらないワクワクとか興奮があって。たぶんポップ・ミュージックって、ひとつのフォーマットに収束されていきがちなので、似たような違うグループ、似たような違う楽曲って、ある意味安心感とか信頼感になるんですけど。いっぽうで本当に新しいものに触れた時の驚きとか発見、新しい人生とか未来を掴むような感覚ってなかなか生まれないじゃないですか。ポップ・ミュージックの世界で小さな革命みたいなことが起きたら、それは素敵なことじゃないかって、作りながら何度も思えたんですよね。もちろん大変な面はたくさん、それこそ挙げたらキリがないんですけど。でも今回はそういった楽しさがいちばん大きかったですね。40年音楽やってて、まだそういう瞬間に出会えるんだなって。
小林:僕の場合は、自分の能力、視野、五感みたいなものが日に日に拡張していくような感覚がいちばんエキサイティングなところで。たとえば富士山のてっぺんで絶景を見るのって、道中は辛いし大変なんだけど、でも絶景を見た時「このためだったんだ」って納得できる瞬間が必ずあるわけで。それまでの努力がすごく意味と価値のあるものに変わっていくと思うんですよ。THE SPELLBOUNDの活動って全部がそれで。The Novembersの活動、もちろん僕にとって大事なものだし、これからも続けていくんですけど、自分のやりたいことをやりたい形でやるから楽しい、っていうのとは別軸の作用がここにはあって。僕自身が成長して進化して新しい結果を見られる。それがいちばんの嬉しさではありますね。音楽を作ってはいるんですけど、どんな人生を歩んでいこうか、幸せになっていくんだ、みたいな、生き方そのものの話になっています。
一一それは中野さんも同じですか。
中野:そうですね。たとえば「じゃああなた、何のために生きてんですか? 」って質問を投げかけられて、即座に答えられる人って少ないと思うんです。でも小林くんは今、答えられる人なんですよ。
小林:うん。
中野:自分の幸せを追求することって、利己的であることでは全然なくて。なぜなら人との繋がりがない状態で幸福になるのはとても難しい。幸福を追求するために生きることと、周りの人を幸せにするんだっていうこと、イコールなんですね。で、僕たちは幸運にも音楽を奏でる能力を神様から授かって生まれてきて、いかにして周りの人間を幸せにしてあげられるか、それが自分の幸せに直結してるんです。たぶん小林くんは僕と出会う前、自己探究のために音楽を作る比率のほうが高かったと思う。
小林:そうですね。なんとなく青春の延長で続けてきたThe Novembersに対しても「こんなミッションを持って、世界に向けていいことを起こしていこうぜ」みたいに感じるようになったし。「俺は好きな音楽ができればそれでいい」みたいな生き方も純粋ですけど、そこを飛び越えて、もっと何かがあるんじゃないかっていう生き方ができてる気がします。今もその途中だけど。
一一自分一代で終わる命なら、好きに生きて好きに死ねばいい。だけど、この命は過去から繋がってきたし、この先の未来に続いていくものですよね。今のお二人はそういうことを自覚的に話しているんだと思います。
中野:そうですね。よりよい世界を残していきたい気持ちは強いです。唯物的な感覚で「今だけ、カネだけ、自分だけ」って言葉がよく使われますけど、そこにない大切なものを置き去りにして世界がどんどん進んでいく感覚がすごくあるんですね。正解はもちろんひとつじゃないんですけど、とにかく少しでもよい世界を残していく。今生きているのであれば、その役割は果たしていきたいなっていつも思っているし。
小林:あと付け加えるとすれば、僕がたくさんのヒーローたちから与えてもらった感動って、生きていくうえで大事なエネルギーだったんですよ。そこに恥じない生き方がようやく見えてきたところがあって。昔はただの憧れ、「ああなりたい」っていう子供じみた感覚でしたけど、彼らはなんであんなに輝いていたのか、なぜ胸を張ってステージに立てたのか、そのステージにどんな言葉を残して生涯を終えていったんだろうって、今まざまざと考えるんですね。そこには大きな愛だったり、正義感、責任感があったはずだし、自分は過去から未来に流れていく中の一人であるっていう意識が絶対にあった気がして。だから僕もそんなふうに「今この瞬間自分が生きられればいい」ってことじゃなくて、誰かに夢を与えたり、誰かから受け継いだものを誰かに手渡していきたい。「それでも世の中は美しい、生きるに値するんだ」っていうメッセージを発信していきたい。それはすごくあります。
一一小林くんが感動を受け取ったヒーロー、受け継いでいきたいヒーローのひとりは、間違いなく川島さんですよね。
小林:そうですね。大事な人です。
一一今、THE SPELLBOUNDって3人いるような気分になることがあって。今回の「約束の場所」は、BOOM BOOM SATELLITESの「LAY YOUR HANDS ON ME」の続編だと感じたんです。
中野:面白いね、それ(笑)。へぇー!
小林:でも「LAY YOUR NANDS ON ME」の次の景色って、ファンも思ってくれてることみたいですね。僕自身、正直、そういうことを意識してないこともない。この瞬間川島さんが見てる景色はどんなものなんだろうっていうのは、いろんな曲に表れてる気がするので。
中野:さっきも話したとおり、BOOM BOOM SATELLITESの曲を演奏するとか、川島道行の存在を小林くんに投影してしまうと、それは小林くんに対して失礼だと思っていて、僕の中で余計なことを意識することが多すぎたのかな。でも一回カバーをまとめてドンとやって、その過程で小林くんがどんどんアップデートされていく様を見てると、続きが自然に起きてる感覚にはなりましたね。今の「約束の場所」と「LAY YOUR HANDS ON ME」の話も、ちょっとハッとさせられました。同じ哲学とか同じ美意識が存在してる感じもしますし。それは川島くんが残したもの、残り続ける影響ですよね。僕の人生にもそれはあるし、小林くんが受け取って、自分の人生や創作をアップデートしていった部分もある。そういう目に見えない鎖みたいなもの、存在し続けてるなと思いますね。
編集 : 西田健、石川幸穂
アンドロイドと肉体の高度なバランスで鳴らす、最新アルバム
ライヴ情報
THE SPELLBOUND 〈BIG LOVE TOUR 2024〉
9月23日(月・祝) 福岡 BEAT STATION
9月28日(土) 札幌 cube garden
10月6日(日) 仙台 Rensa
10月27日(日) 名古屋 CLUB QUATTRO
10月31日(木) 梅田 CLUB QUATTRO
11月3日(日・祝) 東京 EX THEATER
THE SPELLBOUNDのほかの作品はこちらから
PROFILE:THE SPELLBOUND
BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之とTHE NOVEMBERSの小林祐介によって結成されたロック・バンド。
2019年に行われた中野のヴォーカリスト募集オーディションを経て、2021年1月に配信シングル「はじまり」を皮切りに 5カ月連続で新曲を発表し、2022年2月にファースト・フル・アルバム『THE SPELLBOUND』をリリース。その後、2022年10月からスタートしたTVアニメ『ゴールデンカムイ』第四期EDテーマに「すべてがそこにありますように。」が起用される。始動1年目から〈FUJI ROCK FESTIVAL〉、〈SONIC MANIA〉、〈JOIN ALIVE〉、〈ARABAKI ROCK FES〉等様々なロックフェス出演を果たし2022年にツアーを敢行。ライヴ・バンドとして唯一無二の存在感を知らしめる。
現在は自主企画イベント〈BIGLOVE〉をスタートさせ、MAN WITH A MISSION、yahyel、凛として時雨をゲストに招き開催 している。2024年は〈FUJIROCK FESTIVAL’24〉に出演し、8月にセカンド・アルバム『Voyager』をリリース、9月から全国ツアーが行われる。
◦中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)
97年ベルギーのR&Sレーベルよりデビュー。川島道行と共にBOOM BOOM SATELLITESとして活動し、映画『ダークナイト』や『YAMAKASI』等で音楽が起用されるなど国内外での活躍を果たす。2016年に発表した「LAY YOUR HANDS ON ME」でBOOM BOOM SATELLITESとしての活動を終え、プロデューサーとしても多くの作品を残す。
◦小林祐介(THE NOVEMBERS)
2005年結成のオルタナティヴ・ロック・バンド、THE NOVEMBERSのフロントマン・ソングライター。2007年に〈UK PROJECT〉よりファーストEP『THE NOVEMBERS』でデビュー。2013年にレーベル〈MERZ〉を立ち上げ、コンスタントに作品を発表しながら勢力的にライヴ活動を続けている。
■Official HP : http://the-spellbound.com
■X : @THESPELLBOUNDjp
■Instagram : @thespellboundjp