COLUMN #1 現代における「ヒーロー」のように
Text by 西澤裕郎
詩羽が、二代目主演歌唱として水曜日のカンパネラを引き継いでから約2年半。コムアイ時代の水カンを更新しつつ、右肩あがりに人気を博している。このコラムでは、水曜日のカンパネラがなぜいまも支持されるのか考えていきたい。
なにを差し置いても、一番大きな要因は詩羽の存在だ。「自己肯定感」をテーマに、堂々とした発言やパフォーマンスで観客を魅了している。SNSでもイヤなことはイヤと発言する。ライブでは、誠心誠意言葉を尽くして自分の考え方を伝える。曖昧なことを曖昧なままにしない。そうしたスタンスに対してSNSなどで石が投げられても、見て見ぬふりをせず自分の想いをはっきり表明する。その姿は、本人が意識するしないにかかわらず、現代における「ヒーロー」のように見える。
筆者は、初代主演歌唱コムアイ時代の水カンをかなり近くで追ってきた。彼女から数多く示唆を受ける発言を聞いてきたが、最も印象的だった言葉は2017年にアルバム『SUPERMAN』を出したときのことだ。コムアイは、「この時代にスーパーマンのような存在が必要だと思っている」と前置きしつつ、「いつか来るその人を待ちわびて歌ってるのがこのアルバムなんです」と語った。コムアイは、自身がヒーローになるのではなく、その出現を待ち侘び、ヒーロー的存在をサポートしたいと話していた。
思い返してみると、コムアイがフロントマンを務めていた2010年代。いまに比べて、音楽、漫画、映画、アニメ、プロレス、落語、歌舞伎などジャンルの違うサブカルチャーが越境し有機的に繋がり合う可能性を秘めていた。コムアイは、そうしたさまざまな分野で活躍する人物たちと出会い、それらを繋ぎ合わせることで水曜日のカンパネラを形成していった。彼女のライフワークであった鹿の解体を含め、周辺カルチャーをすべて武器にしていた。だからこそ、コムアイは身の回りにいるスーパーマンになりうる存在を探し、その登場を渇望し、共闘していこうとしていたのだ。
それに対して、本人が望むにしろ望まないにしろ、詩羽は彼女自身がヒーロー的存在になっている。水曜日のカンパネラを引き継いだ時点でメジャーレーベルからのリリースが決まっており、グループとしての体制も整っていた。単純にコムアイ時代と比較できないし、どちらが良い悪いということではないが、ひとつ言えるのは、環境がそれだけ整っていることは並並ならぬプレッシャーだっただろうということ。周囲の期待、コムアイ時代と比較されてもひるまない姿勢、個性、バイタリティ、メンタル。そうしたものがどれだけ求められたことかは想像しても想像しきれない。
そうしたスタートにもかかわらず、詩羽はコムアイ時代の水カンをリスペクトしつつ、過去に囚われない自分らしさを模索していった。その結果、ライブではウォーターボールや巨大招き猫などの水カンらしい演出は引き継ぎつつ、コムアイ時代の楽曲から詩羽時代の楽曲へと移り変わっていった。曲が移り変わっても、彼女のライブを体験すれば、これぞ水曜日のカンパネラ!と思うし、過去の幻影みたいなものは一切ない。これは詩羽が水カンアイデンティティ、ひいては自分自身のアイデンティティを追求したからこその結果で、本当に尊敬すべきことだと思う。
そんな詩羽を見出したDr.Fもすごい。コムアイ時代の水カンの活動がしばらく止まっている時期、Dr.Fと何度かご飯にいった。そのたびに、慎重に次のフロントマンになる子を探していると語っていた。1年以上そうした状態が続き、あるとき呼び出され、ファミレスで詩羽を紹介された。まったく違うキャラクターに驚いたが、いまになってわかるのは、Dr.F が2020年代の水カンの姿をしっかり思い描いていたということだ。その心眼には恐れ入る。
サウンドプロデューサーのケンモチヒデフミも新次元に足を踏み入れている。詩羽体制初ライブの日、「40代になっての10年が、クリエイターとしての勝負だと思っている。自分自身をアップデートして、よりサウンドを磨いていく」と語っていた。その言葉どおり、世界のトレンドに目配せしつつ、様々なサウンドを取り入れ、ケンモチ色でアウトプットしている。そのエッジーさとポップさのバランスには凄みさえ感じる。日本でも有数のトップクリエイターといって過言ではない。
水曜日のカンパネラは、その時代の空気、雰囲気を敏感に感じ、そこにちょっとしたオルタナティブさを加えながら最適化してきた。言葉で言うのは簡単だが、実践し、形にし、世の中に受け入れられることは容易ではない。タイミングや運も少なからず関わってくることでもある。しかし、変わることを恐れないことこそが、詩羽時代の水曜日のカンパネラが支持されている大きな理由だろう。
2024年3月16日(土)、水曜日のカンパネラは日本武道館に立つ。コムアイ時代にも一度立った場所だ。コムアイは武道館を機に、よりディープなアート方向へと進んでいった。そういう意味で、日本武道館はひとつのターニングポイントのライブとなりそうだ。しかし、詩羽はインタビュー(https://www.billboard-japan.com/special/detail/4152)で「武道館も本当に良い意味で軽いから、皆さんも軽い気持ちで来てよ、くらいの感じで今の段階では考えています」と発言している。そうした、ある種の軽さ。それも今っぽいし、それを言えるのも詩羽ならではだと思う。価値観を変えていくことを恐れない勇気と柔軟さ。それこそが、水曜日のカンパネラを水曜日のカンパネラたらしめている本質なのだと思っている。
